2009/11/25(Wed)



これが幼獣マメシバです。名前は「一郎」

この寝てるのが35才の「ヒッキー」こんな言葉を使っていいのかどうかわかりませんが、引きこもりの男「二郎」です。引きこもりとか、ニートとか、言葉は様々ですが働かなくて家にずーっといて、生きてこられたというある意味贅沢な人間なのでしょうが、逆に外へ出たくても出ることができない何らかの障害を持った気の毒な人間であることは間違いありません。その二郎の元へ家出した母親からこのマメシバ一郎が届き、一郎が探し当てる母親からのメモを便りにおかあさんを捜す旅に出るという奇想天外なお話なのですが、二郎の台詞がすごく面白いのでついつい深刻な引きこもりの男であることを忘れるくらい、楽しい映画になっています。
佐藤二郎さんの演技が、すばらしくてこの映画のために俳優していると言ってもいいぐらい完全なはまり役なんです。映画やテレビの脇役をずーっとこなしてきて最近は自分の劇団を持ち、脚本も書き、演劇もするという多彩な名バイブレーターなんです。しゃべりかtがどこか裸の大将にも似ていて、それでいて核心をつく早口なんです。言葉のキャッチボールが実に鮮やかなんで、笑いながらうなってしまいますよ。「うまい棒」って言うお菓子が大好物で部屋中うまい棒で埋め尽くされているのです。
一郎に引っ張られてどんどんと旅に出る二郎がいろいろな人と知り合いになっていきます。この笑い飯は富士のすそ野で捨て犬のためにドッグカフェをやっています。

安達さんは大人になりましたね。二郎さんの同じような体験をしたと言うことで二郎を応援しながら、一緒に富士山に登ります。
この映画にはいつも「マメシバ」が出ています。かといって、この映画のコマーシャルのように犬の映画ではありません。
引きこもりの青年の実態と彼の努力しようとするすがたを、できるだけくナチュラルにありのまま、その心の内をも表しながら、かなり努力しているように見えました。

二郎のおとうさんとおかあさんです。
この映画、じわじわと観客が増えたようで、今もまだ上映中の映画館がインターネットで調べるとありました。千里セルシーもまだやっています。見たいという声がまだまだあるのですね。
一つ希望を言わせてもらえるなら、DVDに字幕をつけてください。早口の部分がなかなか聞き取りにくいのです。何かを食べながら見てるからかな。私だけかなあ。
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2009/11/20(Fri)



メール会員になっているレンタル屋さんから珍しく金曜日に会員限定の割引サービスをするというメールが来ました。旧作のDVDが100円とあったので久しぶりに今まで見たかった旧作を探してみようと店に入りました。
すると、最新作や新作を小さなかごに入れているお客さんがたくさんいて、もう一度メールを読み返すと最新作、新作は200円となっていました。それじゃあと、最新作のコーナーへ行き見つけたのがこの重力ピエロでした。
井坂幸太郎作で、図書館でも話題の本のところにおいてありましたが、手に取るまではしましたが、家族関係が主題だと何気なく頭に入ってしまったのでちょっと敬遠気味になりました。
でも、映画を見てなかなか重みのある中身で演じる人たちもそれぞれユニークで、かなり面白かったです。
このお兄ちゃんの泉水役になっていた加瀬さん、ホントにいつもと同じ感じなんですがうまいですね。
弟、春役の岡田将生くんも、むずかしいん役柄を淡々と演じていました。

あえて言わせてもらうとしたら、父親役の小日向さんの若作りが若干無理があったようで、わかっていても不自然さが見えてしまいました。仕方ないでしょうがねえ。

この渡辺篤郎の演技が、光っていました。
小日向さんと逆のキャスティングでもよかったのではと思いましたが、でもこの若さも必要だったのかなあ。
そういうのを考えると映画のキャスティングってむずかしいですよね。岡田クンなんか、高校生もできるし、おとなになりかかった役もこなせるので、活躍してるのでしょうね。
「空から春が降りてきた」というテレビCM、春が弟役の名前だと言うことがわからなければあまりピンと来なかったのではと思います。ただ、この台詞は、単に二階から飛び降りるという行為ではなく、ふかーい、ふかーい意味 があるのがわかりました。
「にこにこ笑いながら演技をしているピエロは重力にも勝つことができて、空中ブランコから決して落ちない」という母親の台詞からこの「重力ピエロ」という題名がつけられたようです・・。
これが家族でサーカスを見ているところです。
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2009/11/14(Sat)




最終回を見ることができました。みなさんがいろいろなサイトでこのドラマのすばらしいことを書かれているのでもう付け足すことがむずかしいくらいいろいろと読ませていただきました。
そうです。こんなにすばらしいドラマが、広く視聴者に受け入れられなかったのは不思議でなりません。長瀬くん、相武さん、斉藤さん、佐藤隆太、小池栄子さんなどなど、みなさんすばらしくのびのびと演技して、11まいのDVDを3日で見てしまいました。ひょっとすると、このドラマは、2〜3ヶ月にも、月をまたいでみるには無理があったのかも知れませんね。

この上下の写真を2枚並べると、どちらも高知県で撮影しているように思ってしまいますが、下の方のロケ地は千葉県らしいです。
後半、小池栄子が登場しこのお話をかなりの膨らみのあるものにしているのですが、先ほどの視聴率の話に戻りますが、このドラマを見たいと思った長瀬ファン、相武ファンの双方が望まない方向へ話が展開していくからではないでしょうか。私のように何も知らず、11枚のDVDをいっきに見ることができれば、このドラマを見ての趣もまたかわってくるのではなかったでしょうか。
こんなことをつらつら書くよりも、感想を書きたいと思います。
一つの完成されたストーリーがこのお話の中にはあると思いました。
ネタバレになるのであまり細かくは書きたくないのですが、記憶喪失になった男が全く新しい場所で全く新しい人間になって生活をし始めそこに根を下ろす。そこで、一人の女性を心から愛し、その人の幸せを願いながら生き続ける。ただ自分の記憶喪失という病気のために、自分の気持ちを伝える勇気がない。そこに、昔の自分の妻が現れる。娘までいる。そしてその妻が、新しく生まれ変わった夫がそこで女性に恋しているので身を引こうとする。男にしては非常につらい話なんですね。


しかし、四万十太郎は毅然とした態度で自分の生き方を決めました。それはどちらを選ぶのかということではなくて、どうすれば最善なのかという形のようでした。本当の自分の姿に戻るべきだと考えたのでしょうね。そうすることがみんなの幸せにつながるはずだと思いこんだのかも知れません。
最終回は本当に素晴らしい出来上がりでした。DVDを借りてでもこの最終回はご覧になることをお薦めします。ただし、最終回だけでは半減します。第一回からご覧になることをお薦めします。<span>
2009/11/08(Sun)




土曜日の朝、コスモ・アースコンシャス・アクトに参加してきました。
大阪城に集合してみんなで大掃除をしようというイベントでした。軍手と二種類のゴミ袋とゴミ拾いようの火ばさみを渡されてチームごとにあてがわれた場所に移動してゴミ拾いをしました。立冬とは言え、太陽の日差しがきつくて開会式に並ぶときから暑かったです。
午後1時ぐらいまでゴミ拾いをして、また朝集まった場所にゴミや道具を返しに行き、そこでペットボトルのドリンクと招待券にカエルのスタンプを押してもらいました。2時前ぐらいに解散になり、私は森ノ宮まで歩いてパン屋さんで食事をし、地下鉄中央線で本町駅に行き、御堂会館を目指しました。3時半開場とあったので3時20分ぐらいに到着したのですが、早くもくねくねの列ができていました。

最近オープンしたシネコンに比べて座席と座席の間隔がが狭くて、また前後の間隔も狭いので出入りがとてっも窮屈でした。並んでいるときにガードマンのおじさんが言っていたのですが、最近の試写会はすごく並ぶ時間が長くなっていて夕方からの上映なのに朝から並ぶときがあると言うことでした。
自由席にせず抽選で指定席にすれば一日立ちっぱなしで並ぶなんてことはしなくてすむと思うのですが。この写真は映画が終わって明るくなったときの写真です。

登場するのはこの女の子「ココ」とゴブリンの国に住むチャーリーという男の子です。
フランスの人達の感覚でしょうか、ちょっとこれまでの日本のアニメとはちがった光と影がありました。そう影の部分がうまく表現されているようでした。昼間お掃除を頑張った小さな男の子たちがちょっと怖かったのか所々で泣いていました。夢を見ているような感覚で映画の世界に入っていましたよ。
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2009/11/06(Fri)




そもそも時代設定が1920年代のアメリカ、ロスアンゼルスなんです。
そして、この映画は実話に基づいている映画なんです。私は春のアメリカアカデミー賞の発表の時に監督賞の部門でクリント・イーストウッドがノミネートされてると言うことぐらいしかあたまにありませんでした。あの時は、日本のおくりびととつみきの家が受賞してアカデミー賞が身近な感じになってこの映画も見たいなあと思っていましたが、ミリオンダラー・ベイビーの方を見てしまったような気がします。予告編では、かなり複雑なストーリーだなぁ結末はどうなるのかなあと思う程度でした。

電話交換手の主任をしながら、子どもを育てているシングルマザーのアンジェリーナ・ジョリーの息子がある日いなくなります。すぐに警察に連絡するのですが、警察では、子どもがいなくなった場合24時間たってから捜索するのだと冷たく言われます。ぼろぼろになる感じで探し回るのですが見つからないのです。5ヶ月たって、警察の少年課の警部が職場にやってきて子どもが見つかったと告げます。しかしそれは、アンジェリーナの探していた息子ではなかったのです。ここらあたりからだんだんとイライラする展開になります。これが実話に基づく映画だと言うことがわかっていたから、仕方ないと思いながらこのイライラ感に堪えられますが、フィクションなら頭に来る感じです。やってきた警部がすごい事なかれ主義なのです。自分の失敗を隠蔽するために大量殺人事件までなかったことにしようとするのですから。あまりにも警察を悪く描いているので「ほんまかいな」などと思ってしまいますが、実話なのですからすごい話です。
そんな彼女を救う人が現れます。
この下の写真の男の人ジョン・マルコビッチ扮する牧師さんです。

これ以上内容を書くとネタバレしそうなので控えますが、この映画の主題は「とりかえっ子」大江健三郎かなあ、そんな小説がありましたよね。その「チェンジリング」ではなくて、むしろそれが発端であって、アメリカにおける女性差別の歴史みたいなところにあったようですよ。
最後の方でジェイソン・バトラー・ハーナー扮する殺人犯が公開の絞首刑になるシーンがあります。
この犯人役の俳優さんどこかで見たような気がして調べてみたのですが、わかりませんでした。ただこのときの演技はよかったですよ。きよしこのよるを歌いながら、床が抜けるのです。
丁寧な映画作りでじっくりと見ることができる大作ですよ。
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